ちゅぱお と ちゅぱみ が行く

愛すべき息子と娘のわんぱく日記。

2006年12月

年内最後の日記



え~、あっという間に一年が過ぎました。



今年は、我が家にとって転機の年であり、また変化の年だった。

しかし、自分の身の回り全ての環境の変化というものは混乱するばかりで、
正直、今年はほとんど身になっていないと思う。

理解することなどできず、なんとなく知ることだけで一年が終わってしまった。

情けなくもあり、また歯がゆい気持ちがとても大きい。

人から思われるように、期待されるように、また自分が思うように、目指すように…
世の中、そのようにうまくできることはなかなかないもの、というのが率直な感想。

人が思う自分も違ければ、自分が思う人もまた違う。

住む土地も、務める業種も、必要な知識も、また関わるさまざまな人たちに至るまで、
“全てを変える” というのはこれほど難しいことなんだ、と痛切に感じた一年。

その本意は、当人であるおとさん以外に、誰も分かることはないだろう。

良かったのか、悪かったのか、全ての選択において改まる必要があるのかもしれない。
そんなことを深く考える一年でもあった。

一家の大黒柱として、おとさんが選択・決定をする基準は、
その選択が、「我が家にとって良いこと」 という前提からブレないようにすること。

最大の決定基準がそこであり、それ以上もそれ以下もない。

人生、何がどうなろうとも、最優先にすることだけは間違えない、履き違えない。
それが、おとさんがこれまで生きてきて、また守るべき家庭を持つことで学んだこと。

こう見えてもガンコ者なので、その思いを通すためにも、日々頑張ろうと思う。

来年は自分の周りにある物事を、ひとつひとつうまく生かして行けるようにすること、
それが当面の目標になる。まずはじっくりと、そして自分らしく歩んで行こう!



さて、今年は8月20日にちゅぱみが誕生した年。
待望の女の子出産は、我が家に大いなる1ページを刻んでくれた。

一姫二太郎ならぬ、一太郎二姫といった某ソフトみたいな感じだが、
男の子、女の子とバランスよく恵まれたことに、大変感謝!

ちゅぱみ、まだ生後4ヶ月だけど、いっぱい喋るし、いっぱい笑う。もちろんいっぱい泣く。
毎日手足を猛烈にバタつかせ、ロタウイルスも何も元気に吹き飛ばす。

しかし、寝返りはまだもうひとつ先のようだ。焦らずにガンバレ!

大晦日生まれのちゅぱおは、満1歳から満2歳への一年間。
歩き出し、走り回り、言葉を喋り、行動で示し、好みを持ち、自我に大いに目覚めた年。

とりわけ、ぶーぶーとかんかんは、彼の世界を大いに広げたことだろう。

ふたりの成長は、日々目を見張るものがあり、
それをつぶさに見れるおとさんは、嬉しくて仕方がない。

コタツに入り、おかさんも含めて3人を両手枕にして寝かせている瞬間は、
おとさんの中で今、一番の至福の時。

そんな時、おとさんは 「つくづく良い家族を持ったなぁ」 とひとり感慨にふけるのである。

来年はどんなことがあり、ふたりはどんな成長を見せてくれるのだろう。
ホント、楽しみでしょうがない (^^



反面、今年はおかさんのおじいちゃんとの、永遠の別れもありました。

いろんな思い出をいっぱい抱えて旅立ったおじいちゃん。
我が家にいろいろと良くしてくれたことは、いつまでも忘れません。

本当にありがとうでした。
ちゅぱおとちゅぱみの成長を、のんびりと見守って下さいね。



そして明日からは、おとさんの実家へ3泊4日の正月帰省旅行。

毎年全員が顔を会わせる一大年中行事ではあるが、今年はなんといっても、
我が父 (おじいちゃん) と、孫娘 (ちゅぱみ) のご対面がある。

生まれて4ヶ月も会わせていないこと自体、非常に不謹慎なことだけど、
距離が距離だけに簡単には会えず、また父の足の具合も良くないため、
どうしても今回が初対面となってしまった。ごめんね、父さん…

孫娘との対面を、楽しみに待ってて下さい。

さらに、ビッグイベントは続く!
ちゅぱみ誕生の3ヶ月前、今年5月の末に兄夫婦のとこに生まれた女の子ちゃんと、
我が男児家系、奇跡の女児コラボレーションが実現!

3ヶ月差は、赤ちゃん時代では大きな差がありますが、成長したら微々たるもの。
同い年の女の子同士、ずっと仲良しの従姉妹になれると嬉しい。

おっと、大事なちゅぱお2歳の誕生日も、もちろんある。
大晦日が誕生日なんて、ケーキと年越しそばを同時に食べるようなもんだが (まんま)
まぁお腹を壊さない程度に、気をつけて食べよう!(笑

この頃、目覚ましい成長を見せている息子、ちゅぱお。
向こうには7歳と、3歳4ヶ月と、1歳8ヶ月の屈強な従兄弟たちがいる。
普段できないから、男同士めいいっぱい遊ぶといいよ。

でも、おもちゃの取り合いとか、ケンカはしないでね。



最後におかさん。
いつもいつもありがとう。

おかさんがふたりをしっかり見て、温かく家庭を守ってくれるから、
おとさんは未体験の土地でも仕事でも、懸命に頑張れるのです。

いつも感謝、感謝です (^^

それと、美味しいご飯、いつもありがとう。
来年も父子ともども成長盛りなので、いっぱい食べるからね。

これからもヨロシク!



…と、いろいろと長くなりました (謝

毎年、喜怒哀楽の絶えない我が家ではありますが、それはとても大事なこと。
感情豊かな家庭を目指して、これからもグングン邁進していきます!


今年も一年、ありがとうございました!


我が家のクリスマス



一般的にはこの土日 (23・24日) がクリスマスでしたよね。
ええ、ウチもそうでした。

だもんで土曜に、家族4人でレッツドライブ!

目的地はもちろん です (笑


やはりみなさん同じ考えのようで、土曜のトイザらスはめちゃ混みでした!
どっち向いてもいろんなおもちゃが山のようにあり、それに食い入る親子がたくさん!


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さすがはトイザらス。店内にいるだけで楽しい気分になれます♪


おとさん、めちゃ混みではありますが、クリスマス時のおもちゃ屋が好きです。

閑散としたおもちゃ屋よりも、混雑この上ないおもちゃ屋の方が楽しいじゃないですか!
なんか童心に帰りますし、いろんな子のワクワク感が階間見れて 面白!


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ウチの子、ちゅぱおもワクワク感爆発で、いろんなおもちゃに目移りしてました~。

ちゅぱみはまだまだのご様子。来年の今頃はいっぱいワクワクしてね♪



さて、ちゅぱおに買ったのは、車を運ぶ車、キャリアカー
赤・青・黄色の3台のおまけ車付きで、ちゅぱおのかぶり付きがそれはそれは スゴイ!
現時点で、ウチのぶーぶーでは一番大きな車両なんで、こればっかで遊んでます。


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ちゅぱみのは、可愛い (?) ぬいぐるみ。
なんと、現在のちゅぱみと同時期の頃のちゅぱお (月齢4ヶ月時) に買ってあげた、
ふもふもさんシリーズ のひとつ、ピカリさん があったのでそれにしました!


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ちなみに、今年のサンタ役はちゅぱみでした~ (^^



こちらはウチの定番、ホワイトクリスマスツリー!


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これを見るちゅぱおの目が 輝いていた のは、想像に難しくないと思います (爆



さらには、クリスマスケーキとチキンとグラタンとカクテルの豪華ディナー!


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流れるミュージックもクリスマス系一色にし、大満足の週末でした。


笑う門には飯来たる!



ズバリ言うわよ!


今年の M-1笑い飯ブッチギリで優勝 します!

根拠はありません、おとさんが個人的に 好き だからです。以上!

いやぁ~あの独特のたたみかけるような Wボケ は、圧倒的な破壊力があり、
休みのないボケを素で喰らうと、マジ呼吸困難 になりますよ (過去になりました


初めて笑い飯を知ったのは、2003年のM-1グランプリ。

彼らのネタの中でも、今や 伝説 と化したとびっきりのネタ、
奈良県立歴史民族博物館 で、おとさんマジで笑い死にしそうになりました。


コレ ね。


もう本当に笑いすぎて涙もドバドバ溢れ、冗談抜きで ヤバイ! と思いました。
後にも先にも、笑い過ぎて テレビの前から逃げ出した のはコレが初めてです。

だって、もうこれ以上ネタを聞いていたら 吐く と思ったんだもん (爆

おかさんも同じく、お腹が痛くなるほど大爆笑していましたよ (^^


以来、夫婦で笑い飯に注目。


しかし、2004年、2005年と優勝本命と言われながらも、次々と勝機を逃し、
いつしかM-1グランプリの常連組と化した笑い飯。


それは決してプラス面だけではなく、マイナス面も内包していたように思う。


個人的には、テレビでよく目にするようになったので嬉しいのだが、
その反面、Wボケのあの強烈なインパクトは徐々に薄れ、
前ほど予想外の笑い、不意の爆笑を食らいづらくなった、ような感がある。

キャラ的なインパクトが命だった、南海キャンディーズとか、まさにその路線。


振り返れば、2003年の 「ん? 笑い飯って?」 的なダークホースの時に、
脇からガバッ!と優勝をかっさらっていければ良かったのでしょうね。

奇しくも今年は、その2003年度の覇者フットボールアワーが出場するので、
是非とも決勝トーナメントを経て、最終決戦でリベンジをかまして欲しいです。

他にも麒麟、トータルテンボス、POISON GIRL BANDなども注目していますが、
やっぱり 笑い飯 。何はなくとも 笑い飯

今年もめいいっぱい、泣くほど笑わせてくれ!



…と言っても、上記の全ては、あくまでもおとさんの個人的な意見なので、
皆さん、自分のお気に入りの芸人さんを応援しましょー!
んで、12月24日は大いに笑いましょうね (^^



しっかし、本当に寒くなってきましたね。この間、雪が降りましたよ~初雪!
ノロウイルス も大流行していますし、皆さん気をつけましょうね!

良い子は外から帰ってきたら、うがい・手洗いを忘れずに!

うがらい・てがらいじゃないし、ウルグアイ・パラグアイでもないぞ (謎


SUN=SEA=GO!



え~冬ではありますが、今日は TUBE の話をひとつ。


おとさんは5月の日記で、TUBEのライブには一度も行ったことがなかった、と書きました。
しかし実は、ライブ自体は “たった一度だけ” 映像で見たことがあります。

それはもう A long long time ago 的な、10数年も前の話。
確か、WOWOW (うろ覚え) で放送されたライブを見たのがそれです。

当時、個人的に聞きまくっていたアルバム 『Remember Me』 (88年) や
『SUMMER CITY』 (89年) からの選曲が多いライブで、
非常に満足のいく内容だったのを覚えています。

「TUBEのライブ、マジかっけー!」 と、とにかく大興奮したおとさんがそこにいました。

しかしよく考えたら 「ライブ名をチェックしていない」 という大ポカをやらかしており、
後日、一体いつの何てライブだったんだ?? と、なんかもやもやとした気持ちが浮上。


そこからライブ探索の日々が始まったのです。




追記はムダに長いよ(爆



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おじいちゃんへ



12月13日、おかさんのおじいちゃんが永眠されました。

享年88歳、米寿を迎えての素晴らしい人生の幕引きでした。


この事をおとさんなんかが書くのは、とてもおこがましいことではありますが、

愛すべきおじいちゃんとウチの家族との事を、少しだけ書かせていただこうと思います。


長くなりますが、しばし手を休め、お読みいただけると幸いです。




おとさん方のおじいちゃんは、父方母方とも早くに他界されていないため、

おとさんは “おじいちゃん” への印象をあまり持っていません。

だから、おかさんのおじいちゃんは、おとさんにとってはとても新鮮なものでした。


背筋はピンとまっすぐで姿勢が良く、いつも着物姿のおじいちゃん。

居間の定位置にデンと座って、イチローの活躍をテレビで楽しむおじいちゃん。

なんか虫メガネみたいなので、写真とかを覗き込むように見るおじいちゃん。

ピラミッド型のヘンな音声式置き時計を愛用するおじいちゃん。

お酒は嗜む程度だけど、呑む人にはどんどん勧めるおじいちゃん。

孫や曾孫を相手にするときは、すぐに目尻が垂れるおじいちゃん。


そして、おばあちゃんの事が大好きだったおじいちゃん。




おとさんは、そんなおじいちゃんが好きでした。

ずっとおばあちゃんと寄り添い、いつでも手をつないで歩くふたりの姿。

その姿を見るたびに、いつかは自分たちもこうありたい、とよく思いました。


おとさんとおかさんの目標だった、おじいちゃんとおばあちゃん。


結婚するまで、そんなおじいちゃんとずっと一緒に暮らしてきた、おかさん。

その悲しみは、おとさんが分かってあげられるような単純なものじゃない。


とっても辛いよね、寂しいよね…


でも、おとさんもちゅぱおもちゅぱみもいるよ。

あなたの家族は、いつでもあなたの傍にいるから。

だから、いつものように元気になってね。




ちゅぱみをおじいちゃんに会わせることができたのは、お宮参りのときの一回だけ。

結果的におとさんがおじいちゃんに会ったのも、その時が最後になりました。

抱っこをしてもらうことはなかったけれど、曾孫娘の顔を見せてあげられて良かった。


ちゅぱおは、生まれたときからおじいちゃんのお世話になったよね。

お風呂にも入れてもらったり、抱っこされたまま一緒に寝たり。

おじいちゃんも、曾孫を目に入れても痛くない状態だったのではないだろうか…


告別式の時、ちゅぱおはちゃんとおじいちゃんに “ばいばい” ができました。

必ずするわけじゃない、ちゅぱおの気まぐれ “ばいばい” 。

だけど、ちゃんとすべき時にできたことが何より嬉しかったです。


よくできました、ちゅぱお。とっても偉かったよ。




告別式を終えた夜、おとさんの夢の中におじいちゃんが来てくれました。

夢の中でも寝室で寝ている場面だったので、夢とは思えないほどリアルでした。

でも、おとさんの知っているおじいちゃんの顔ではなく、若かったように思います。

「孫たちを宜しく頼みますね」 と言われたので 「はい」 と答えました。

一瞬、ちゅぱおとちゅぱみの事かと思いましたが、よく考えたらおかさんの事ですよね。

たしかに生前、「曾孫」 という言い回しはほとんど口にしなかったから、

孫=おかさんなんだけど、ちゅぱおとちゅぱみの事も含まれていたのかも知れない。


他にもいくつか言葉を交わしました。本当に夢だったのか今でも不思議です。

中でも 「20年に一度、鬼が来るから気をつけなさいね」 という言葉が強く残りました。

随分先の話だけど大切な啓示だと思うので、忘れず肝に銘じようと思います。


そんなおじいちゃんは、夢の中で笑っていました。




おとさんはおじいちゃんに、特別何かをしてあげることはできなかった。

“してあげる” とはまたおこがましい話ですが、そんな自分の足りなさを痛切に感じます。

こんなおとさんで、すみませんでした。


おかさんは大丈夫。ちゃんと 「おじいちゃん孝行」 ができていたよ。

孫の結婚式、曾孫の誕生、親子四代の日々。

孫、曾孫からの幸せの風は、ちゃんとおじいちゃんに届いたはずだから。

きっと自慢の孫娘だと思ってくれていたよ。


おかさん、今は涙の日々だけど、きっと笑顔になれるからね。




そしておじいちゃん、心配しないでね。

おとさん、おかさん、ちゅぱお、ちゅぱみは明るく元気に頑張ります!

これからもずっと幸せの風を、おじいちゃんに送ります。


本当に、本当によく頑張ったおじいちゃん。

これからは好きなピアノを弾いて、愛犬ジーンと若菜と一緒にの~んびりしてね。


おじいちゃん、心からありがとう。



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